美女と野獣|育毛ハゲタカ記

美女と野獣(ハゲ)

とはいえ、私は基本的に外周りの営業。

 

荻野さんは内勤の営業事務。

 

基本的に朝しか彼女に会う時間はありません。

 

外から業務連絡で電話をすることはありますが、用件だけ伝えていつも終わり。

 

遅くに帰社した時にはすでに荻野さんの姿は無く……一体どうしたら良いものか。

 

ところが、何も出来ずに2週間ほどが経ったある日。

 

帰ろうと押したエレベーターの中に荻野さんがいたのです。

 

荻野さん

 

「荻野さん……こんな時間にどうしたの?」

 

時計は20時を過ぎていました。

 

彼女は普段なら遅くとも19時には帰っているはずです。

 

「忘れものをしてしまって」

 

この日は私が最後の人間でした。

 

「危ないからついていこうか」

 

暗い廊下を先導し、オフィスの扉を開けると電気をつけました。

 

彼女は安心したように自分のデスクへと向かい、財布を手に戻ってきます。

 

 

「ありがとうございました。財布を置いてきてしまったみたいで、駅から戻ってきたんです」

 

もしかしたら落としたのでは?と不安になりながら帰ってきたのでしょう。

 

心底嬉しそうな顔を見ていると私まで幸せな気持ちになります。

 

「あの、もし良かったら……」

 

そんな彼女を見て、勝手に言葉が出ていました。

 

「はい」

 

「明日は土曜で会社も休みですし、飲みにでも行きませんか?」

 

思った以上にするりと出たセリフ。

 

荻野さんは一瞬考えたあと、

 

「一度小野さんとお話してみたかったので良いですよ」

 

と答えてくれたのです。

 

心の中で大きなガッツポーズをしたのは言うまでもありません。

 

 

 

駅近くのおしゃれな居酒屋で向き合う私と荻野さん。

 

完全に美女と野獣です。

 

時折ちらちらと見る周りの視線に謝りたいくらいですが、彼女は全く気にした風ではなくお酒が入ったこともあり会社の話を楽しそうにしていました。

 

ここで愚痴ではなく、仕事に対する前向きな話をしてくれるところにまた私は陥落寸前。

 

知れば知る程、素敵だなあと思うのです。

 

「小野主任ってとっても真面目な方ですよね」

 

「そうですか?」

 

「いつも外から電話がかかってくる時に、他の方は俺だけど……なんて言うのに、毎回第2事業部主任の小野ですけど、って」

 

「見た目はいかついって言われますけど適当なことは出来ないんです」

 

「だからお客様からの信頼が厚いんだと思いますよ」

 

仕事をしている姿を見ていてくれたことにもじんとします。

 

これは、もしかして好感触なのではないのだろうか?

 

実際、私と荻野さんは初めて食事をしたというのに、話が尽きる事はなく、まるで昔から知り合いだったかのようでした。

 

ええ、私の勘違いでなければ……。

 

「またお誘いしてもいいですか?」

 

「私も楽しかったです。また今度、是非」

 

嬉しい約束を取り交わし、足取り軽く私は家へと帰ります。

 

恋愛で苦労をしなかった若いころには知りませんでした。

 

好きな人と同じ時間を過ごすことがこんなに満たされるものであったとは……。

 

ハゲvsイケメン!ライバル登場

 

そうして私と荻野さんはじわじわと距離を縮めて……なんてそんな訳はありません。

 

なにしろ相手は正統派美人。

 

社内にライバルが出来ない訳がありません。

 

誰もが目尻を下げて彼女を追っていたのは事実ですが、その中でも特に熱い視線を送っていたのが荻野さんとは同世代であるイケメンの須賀でした。

 

明らかに用事が無いのに、彼女の周りを常にキープし、話が弾んでいる様子。

 

 

悔しいけれど、その姿は美男美女で、もし私に秘めたる恋心が無ければ心から応援をしたでしょう。

 

ですが、私はもうすでに彼女に恋をしてしまいました。

 

毎日顔を合わせるたび、挨拶をするたび、膨れ上がっていくこの気持ち。

 

須賀というライバルが出来たおかげで余計にその炎はメラメラと燃え上がったようです。

 

とはいえ私に出来ることと言えば、毎日の頭髪管理。

 

それに自分らしく接することくらいです。

 

須賀の軽快なトークは常に会社の女子を虜にしていましたが、大和撫子のような荻野さんがそのチャラチャラした口調を嫌がる可能性だって残っています。

 

ハゲとイケメン。

 

スタートの位置は大きく開いていますが、確かに荻野さんはまた一緒に飲みましょうと私に言ってくれました。

 

恋のチケットはまだまだ有効期限内のはずです。

 

 

 

それからしばらく経ったある日。

 

私は偶然早く仕事を終えることが出来ました。

 

こんな日に動かなくてどうする、と社内に残っていた荻野さんに電話で誘いを入れるとちょうど空いているとの返事。

 

ところが……待ち合わせ場所に行って私は愕然としました。

 

何故か、彼女と須賀が一緒に立っているのです。

 

「お待たせ」

 

「お疲れ様です、小野主任」

 

「飲みに行くって聞いたので一緒にいいですか?」

 

私は彼らにとっての上司です。ダメだなんて言えるはずがありません。

 

それにしても図々しい須賀の態度には温厚な私もさすがにいらっとしてしまいました。

 

やがて近くの店に入った私たち。

 

「主任は上座へどうぞ」

 

と奥に押しやられ、目の前には須賀と荻野さんのペアシートが出来上がります。

 

「偶然二人で残っていたら主任からお誘いがあったんですよ。真面目に仕事していて良かった」

 

お酒が入りけらけらと笑う須賀ですが、私にはわかります。

 

自分の仕事が終わっても、荻野さんがいるからきっとオフィスに残っていたのでしょう。

 

「主任、荻野さん彼氏いないらしいですよ。僕をおススメして下さいよ〜」

 

私の気持ちなど知らずに言ってのける後輩をまあまあとなだめていると、ふとある事に気が付きました。

 

荻野さんの目が笑っていないのです。

 

二人だけで食事をした時と違い、にこにことはしていますがどこか作り笑いのような表情。

 

(もしかして、荻野さんは須賀の押しに困っているのでは?)

 

さすが大人の勘だと自分をほめてやりたい気分になりました。

 

大体ハゲというのは周りの視線を気にしがちですから、こういう場合の些細な変化に気付くのは得意なのです。

 

それならば……私は決意しました。

 

 

温和な懐の広い上司を演じよう、と。

 

須賀とハゲが争ったって醜いだけですし、第一荻野さんを困らせてしまうだけです。

 

この日私は脇役に転じ、的確にフォローを入れながら、上司と部下の飲み会を引率したのでした。

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